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奈良時代の北陸道整備で集落拡大か 京都・芝山遺跡

奈良時代に国家が整備した道に沿って建っていたとみられる建物跡(城陽市富野)
奈良時代に国家が整備した道に沿って建っていたとみられる建物跡(城陽市富野)

 京都府埋蔵文化財調査研究センター(向日市)は28日、城陽市富野の芝山遺跡・古墳群で、奈良時代の掘立柱建物10棟の跡が見つかったと発表した。当時の国家が平城京から北陸へと続く北陸道を整備した際に、一帯の集落が大規模化したことを示す可能性があるという。

 芝山遺跡は府道山城総合運動公園・城陽線に面した南北約840メートル、東西約950メートル。建物跡は、府道西側に接する1565平方メートルの範囲で見つかった。

 10棟のうち2棟は、現在の府道に近い北陸道とみられる道路状遺構に沿って建てられていた。「田」の字形に柱の跡が残り、倉庫として使われたとみられる4棟の建物跡もあった。センターの桐井理揮調査員は「建物が比較的密集しており、道の開通に伴い多くの人が住むようになったという説を補強する材料になり得る」と話す。

 2002、03年度の調査で遺跡の北側に、奈良時代に役人が都と地方を行き来する際、一時滞在した「駅家(うまや)」とみられる建物群跡があったことが分かっているが、今回の建物跡との関連は不明。

 ほかにも、古墳時代の円墳2基が確認された。うち1基からは須恵器が木棺の上などに置かれていたことが分かり、当時の葬送儀礼を知る上で重要な手がかりとなるという。

 現地説明会は9月2日午前11時から。

【 2018年08月29日 16時23分 】

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