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快慶の一番弟子・行快作と判明 京都の寺院本尊「阿弥陀三尊像」

行快作とされた木造阿弥陀三尊像。左の勢至菩薩立像と右の観音菩薩立像から作者の銘が見つかった(京都市左京区・聞名寺蔵)
行快作とされた木造阿弥陀三尊像。左の勢至菩薩立像と右の観音菩薩立像から作者の銘が見つかった(京都市左京区・聞名寺蔵)

 京都国立博物館(京博)は17日、京都市左京区の聞名寺の本尊「木造阿弥陀三尊像」が、鎌倉時代の仏師・快慶の一番弟子とされる行快(ぎょうかい)作であることが分かったと発表した。行快銘入りの仏像は10例目とみられ、写実的な彫刻で知られる慶派の特徴をよく示すという。

 仏像は、阿弥陀如来立像(高さ83センチ)、勢至菩薩立像(同58・2センチ)、観音菩薩立像(同59センチ)の3体。京博が特別展のために事前調査したところ、両菩薩立像を台座に取り付ける足のほぞに「巧匠/法眼行快」などと記した墨書を見つけた。大きさや造形についても、快慶が得意とした「安阿弥様(あんなみよう)」の特徴を示し、真ん中に置く阿弥陀如来立像を含め、1240年ごろまでに完成した行快の作品と判断したという。

 慶派は、鎌倉期に南都復興で活躍し、運慶や快慶らによる剛健・写実的な作風で知られる。京都では、現在の京都駅北東側に「七条仏所」を形成し、活動していた。時宗の中心寺院「七条道場」が隣接し、時宗の有力寺院だった聞名寺に伝わったとみられる。

 行快は生没年不詳だが、快慶との共作に加え、千本釈迦堂(上京区)の釈迦如来坐像、三十三間堂(東山区)の千手観音立像、西教寺(大津市)の阿弥陀三尊像などに銘を残す。

 京博の淺湫(あさぬま)毅連携協力室長は「仏像の目付きの力強さなどが、快慶ゆずりの作風をよく伝えている。運慶が公的な大規模事業を担ったのに対し、快慶は寺院や僧侶からの個々の受注が多かったようだ。行快の作品も比較的小さめのものが多く、師の系譜や仕事を継いだのだろう」と話す。

 来年4月13日~6月9日、京博の特別展「一遍聖絵と時宗の名宝」で公開される。

【 2018年12月17日 22時59分 】

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