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ガラシャは美貌だった? ヨーロッパ逆輸入説を学者が討論

勝龍寺城にある細川ガラシャと夫忠興の銅像。ガラシャの美は後世に創られたものだったのか(京都府長岡京市)
勝龍寺城にある細川ガラシャと夫忠興の銅像。ガラシャの美は後世に創られたものだったのか(京都府長岡京市)

 明智光秀の娘である細川ガラシャは、なぜ美貌のヒロインとして描かれるようになったのか。2020年のNHK大河ドラマに光秀が主役の「麒麟(きりん)がくる」が決まり、ゆかりの京都でも注目が集まる中、その謎に迫るシンポジウムが国際日本文化研究センター(京都市西京区)の一般公開で開催された。キリシタンの洗礼を受け、悲劇の死を遂げたガラシャにさまざまな角度から光が当てられた。

 ガラシャ(玉)は勝龍寺城(長岡京市)を居城にしていた細川忠興に嫁いだ。本能寺の変で「逆臣の娘」となり、のちにキリスト教に帰依し、ガラシャという名前を授かった。関ケ原の戦いで西軍の人質になるのを拒み、家臣に手をかけられる形で死を選んだとされる。

 画家の堂本印象がユリの花を持つはかなげなガラシャを描き、2011年の大河ドラマ「江」では女優のミムラ(現・美村里江)さんがガラシャを演じた。

 「ガラシャの情報は、ほぼリアルタイムで欧州に届いた」とフレデリック・クレインス准教授(日欧交渉史)は指摘した。「ガラシャの侍女から大阪のイエズス会士に口頭で伝わった情報が書簡でローマ本部に届き、出版物を通じて欧州に広まった」。18世紀にパリで出版された「日本史」には、ガラシャが美人で理想的なクリスチャンとして書かれているという。

 日本語文学者の郭南燕さんは、ガラシャの死から約90年後に出版されたクラッセの「日本西教史」でガラシャの容貌を賛美する表現が現れたと述べた。その後、1698年にウィーンでイエズス会の音楽劇の主人公になり、絶世の美人として描かれたことも紹介。美人として描く本がのちに和訳されて日本で「美人説」が広がったと話した。

 現代のガラシャ像を作り上げる役割を果たしてきた一つに、長岡京市で毎年11月に開催されている「長岡京ガラシャ祭」がある。主要行事として行われる「輿(こし)入れ行列」では公募で選ばれた夫婦かカップルがガラシャ(玉)と忠興役を担う。この催しを1992年に立ち上げた小田豊・前市長が登壇し、ガラシャを題材に選んだ理由に知名度の高さを挙げた。「自立した女性としての生き方が時代にも合っていると考えた」

 ガラシャはどうして「美人」になったのか。

 井上章一教授(風俗史)は、近代以降の日本でキリスト教は、かつて迫害を受けたことからくるある種のロマンチシズムをかき立てる存在になったと指摘し、「その典型がガラシャ」と打ち出した。「大河ドラマでもきっときれいな女優さんが演じるのではないかと楽しみにしている」

 講演後に行われた4人による討論では、「ガラシャ美人説」も語られた。クレインス准教授は光秀の肖像画が美男子であることと、夫の忠興が、色好みで知られる秀吉にガラシャを会わせることを恐れていたことを挙げ「ガラシャは美人であったと思う」と指摘し、小田前市長が同調した。

 井上教授は自説を補強した。キリスト教系の女子大学は仏教系女子大の学生から「かわいい」「金持ち」「キリスト教」の頭文字を取って「3K」と言われることを紹介。「キリスト教はCなのに」と笑いを誘いつつ、「現代社会でキリスト教は冷遇されるどころか、高い位置を占めている」と、日本のキリスト教観が美しいガラシャ像を創った側面を強調した。

 2018年の日文研の一般公開は「京都と時代劇」をテーマに、東映太秦映画村(右京区)と長岡京市が協力して行われた。京都映画界を代表する監督で、20年ぶりの長編劇映画「多十郎殉愛記」が来春公開される中島貞夫監督(84)が登壇するシンポジウムもあった。

 日文研の研究者が映画を語る催しもあり、時代劇を見るのが趣味という木場貴俊プロジェクト研究員(日本近世文化史)は「時代劇の愉しみ方」を語り、「歴史学は現代とは異なる常識を持った世界である過去との交流だが、時代劇は海外ドラマを見る感覚で楽しむのが一番」と呼び掛けた。

【 2019年01月06日 18時50分 】

ニュース写真

  • 勝龍寺城にある細川ガラシャと夫忠興の銅像。ガラシャの美は後世に創られたものだったのか(京都府長岡京市)
  • 長岡京ガラシャ祭を紹介する長岡京市の展示コーナー「ガラシャのお部屋」では、マスコットの「お玉ちゃん」も登場した
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