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恭仁宮大極殿院の正面に簡素な塀跡 経費削減か工期短縮か

1列に並ぶ柱跡が見つかった恭仁宮跡の発掘調査現場(木津川市加茂町)
1列に並ぶ柱跡が見つかった恭仁宮跡の発掘調査現場(木津川市加茂町)

 奈良時代に現在の木津川市加茂町で造営された恭仁宮について、京都府教育委員会が16日、発掘調査の結果から、天皇が重要な儀礼を行った大極殿院の正面(南面)が簡素な塀だったとみられると発表した。大極殿院の東西と北面は平城宮(現在の奈良市)から移築された格式高い築地回廊が用いられているが、南面だけが例のない特異構造で、経費を削減したか工期に合わせた可能性があるという。

 高官が執務や儀式をした「朝堂院」北端とみられる柱穴の北に、大極殿院の南面回廊があると推測して発掘調査したが遺構はなく、柱穴真西の位置に東西3メートル間隔で1列に並ぶ五つの柱跡が見つかった。柱跡は1列で、回廊ではなく、簡素な掘立柱塀だったとみられる。大極殿院の南面の位置がほぼ確定し、南門も簡素な構造の門または通路だったと推定した。

 大極殿院の南面は、朝堂院に面し、高官らが目にすることから、天皇の権威を示すため、格式高い造りにすると考えられてきた。府教委は「恭仁宮造営で財政が圧迫されたからか、『続日本記(しょくにほんぎ)』に大極殿を造るのが遅れたと記述があるので、工期を間に合わせるために簡素な造りにしたのかもしれない」としている。

 現地説明会は19日午後1時半から。問い合わせは前日までに府教委文化財保護課075(414)5903へ。

【 2019年01月16日 20時52分 】

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