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社会防衛と医療問うー立岩真也さん新著「病者障害者の戦後」

シンポジウム「筋ジス病棟と地域生活の今とこれから」で話す立岩さん(京都市南区・2018年12月24日)
シンポジウム「筋ジス病棟と地域生活の今とこれから」で話す立岩さん(京都市南区・2018年12月24日)

 眉をひそめて、そんなに悲愴になる必要は別にない。かといってむやみに「命の輝き」などとキラキラ言葉にしなくたっていいー。「施設か在宅か」「少子高齢化による危機」「精神障害者の居場所」「自分らしく死ぬ/安楽死」といったテーマの議論は、重く息苦しく、意見の対立が解消できない行き詰まりのように感じさせる。でも立命館大の立岩真也教授の新著は、もっと別の議論の立て方があること、近い歴史の中に立ち戻る土俵があることを示す。

 立命館大の立岩真也教授の新著「病者障害者の戦後―生政治史点描」と「不如意の身体―病障害とある社会」(いずれも青土社)が出版された。2冊はどちらも、雑誌「現代思想」に2005年から昨年秋まで、13年間にわたる長期連載をもととしている。

 「病者障害者の戦後」は、国立療養所が筋ジストロフィーの人たちや重度心身障害児たちの施設となる変遷を扱っている。だが、立岩の資料の示し方は、歴史学のやり方と違う。まだ空白が、調べられていない未知の海があることを描く。

 結核や精神障害の人たちが施設収容と公費負担の対象とされ、「社会防衛」という言葉が国会でも平然と語られた時代が戦後もあった。結核の特効薬が登場して患者が減り、国立療養所に空きができた60年代、筋ジス、重い障害の子どもを収容する動きが出てくる。「社会防衛」という言葉の代わりに、家族の負担を軽減する「美しい言葉」や悲惨さが語られる。障害者とされたり患者とされたり、社会の都合で呼ばれ方が変わり、かつては「社会防衛」と呼ばれた領域が医療の専門領域になり、拡大していく。

 医療と福祉をめぐる群像劇としても読める。京都の寺で小僧時代を過ごした作家の水上勉(04年没)、西日本で最初の重症心身障害児施設「びわこ学園」を設立した糸賀一雄(68年没)ら、京都・滋賀にゆかりの人物も登場する。

 水上には障害のある娘がおり、1963年に「背景池田総理大臣殿」を発表。親の会とともに、重い障害児の施設収容に影響力を発揮した。立岩は同時期の座談会で水上が「障害児の生殺を決める国の機関があるとよい」と発言したことも示す。埋もれた資料の発掘という意義にとどまらない。立岩の仕事の意義は、糸賀のような福祉関係では先駆者として評価されている人物、立岩の言葉でいえば「偉い人」の扱い方にある。糸賀は重症心身障害児について「この子らを世の光に」と言った。糸賀はよい人であると認めた上で、立岩はなぜ誰かへの思いやり、美しい言葉たちが、現在も続く収容や制度が形成したのかを描いていく。

 «もっとのうのうと生きていくために、自らによいものがあることが必要なのではなく、そのことを言い示すことも必要でない。(中略)『ホープレス』だが愛によって包む、「光」を見てとる、「発達」を願う、という力によってー張られた空間が、人々の具体的な生活の有り様の範囲を規定したのでもあるからには、立ち止まってみる必要もある»

 読者の共感を呼ぶ「物語」に立岩は頼らない。医療や福祉を語るとき、献身や悲惨さといった物語になりがちだが、立岩の点描は違う。

 記録から「感動」しない部分を立岩はあえて引用している。もしくは「感動」「共感」を呼ぶ語り口自体を切り取る。立岩の本に「悪人」は登場しないが、資料の扱い方から、「そのひとのために」や「思いやり」で作動する怪獣のようなものの輪郭が、のそのそ立ち回る姿が立ち現れる。

 白衣を着た医師や看護師たち、学会、患者の家族が「思いやり」を互いに讃え合う中で形成された体制。そして国家財政や負担を、なぜか医師たちが憂慮しだす。そして「いないことにされた人」がいる。5章には国立療養所にいた筋ジス患者が取材カメラにつばを吐いたこと、自主映画、在宅移行の運動が書かれている。  「本人への思いやり」「心配」をいう病院体制が自立生活の壁になってきたことが浮き彫りにされる。

 同じ長期連載から、人文学の理論的な仕事を再構成したのが、もう一冊の「不如意の身体」だ。時代や国を問わず、人と社会についての理論を扱っている。「現代思想」の難しい用語は出てこない。目次には、次こんな見だしが並ぶ。「できないがべつに」「できることは必要だが、私が、である必要はない」「大変さを示すことで要求するのがよいか」…。やさしい日本語で、政治哲学、生命倫理、経済思想の根底に関わる思考をここまで組み立てられることに驚く。

 単純な話が、こんがらがっていると立岩は書く。安楽死/尊厳死と優生思想、福祉と財政的な負担、精神障害者と加害、障害者差別と合理的配慮など、政治やジャーナリズムで取り上げられるテーマが射程にある。あんな状態だと不幸だとかこの人の方が幸福だとか、立岩は「わざわざ言い立てる必要もない」場合があると指摘、誰にとって損得なのか、分けて考えようと立岩は呼びかける。

 他人の幸不幸を「思いやり」、社会の損得について悲愴な顔で議論しなくても、他人がぼちぼち暮らしていることに、さほど損得はないかもしれず、そんな議論はかえって誰かを暮らしにくくするかもしれない。誰のために心配しすぎているか、「思いやり」怪獣の吐く言葉の糸にからめたれているか気づかされる。ケアや倫理を語るなら必読の本。堂々巡りに陥らないために。

 上映中の映画「こんな夜更けにバナナかよ」でも描かれた進行性の神経難病、筋ジストロフィー。全国の旧国立療養所の筋ジス病床は計約2300床、若いころから長期入院し、そのまま亡くなる人も多い。昨年12月、京都市南区でシンポジウム「筋ジス病棟と地域生活の今とこれから」があり、京都市の旧国立療養所「宇多野病院」に入院中の筋ジストロフィーの人たちが、ネット中継で会場へ、長年入院している思いを語った。

 17年過ごした宇多野病院を退院し、人工呼吸器を使いながら1人暮らしを始めた植田健夫さん(43)は「充実して、自由に楽しく過ごせています。入院していた病棟には2人、人工呼吸器を付けている筋ジスが退院を目指しています。2人にはドクターストップがかかっていて、退院にすごく手間取っています。病院は一生入院するとこやないし、退院は個人の自由と思う。病院が壁になっていることは理解できません」と訴えた。シンポでは立岩教授も登壇し、「始まって60年たつ国国立療養所の医療福祉体制を、まったく違うところから出てきた自立生活運動によって、いま関西で、京都で変えつつあるのは誇るべきこと」と話した。

 シンポ会場では、京都でヘルパーとして、障害者の脱施設を支援してきた渡邉琢さんが運営を手伝っていた。渡邉さんの新刊「障害者の傷、介助者の痛み」(青土社)も出版された。障害者と障害のない人の間の葛藤、相模原障害者殺傷事件(2016年)、京都での障害者や難病患者の在宅移行の動き、宇多野病院…立岩さんの2冊と共通の出来事が取り上げられているが、アプローチは違う。渡邊さんの本は、介助の現場からの報告であり、現場で突きあたったうめきが重く響く。

 障害者の在宅生活を支えるヘルパーが障害者とケア現場でぶつかりあい、胸の底に溜まる、得体の知れない黒い感情。障害当事者の沈黙。その背景にある深い当事者のトラウマと抵抗を、行政のいうような「きれいごと」にせず綴られている。重度訪問介護という長時間のヘルパー派遣制度を使って、知的障害がある人が施設を出て、京都で1人暮らしを実践している。ケア現場のしんどさ/コンフリクトを書いた本・論文は山のようにあるが、介助者であり運動の「支援者」でもある、という主語の本はなかなかない。それゆえの「痛み」。無視や拒絶がなぜこんなに刺さるのだろう。家族介護でも施設介護でもなく、自立生活している人のケア場での思索ゆえに、開ける視界がここにある。

 雨の夜、京都市内の和食ファミリーレストラン。知的障害と身体障害がある青年と刺身定食を食べた帰り道の描写が美しい。青年の話はぐるぐる回り、雨にカッパと車いすは濡れて進んでいく。

 「傷」「痛み」と題にあるが、もっと違う、つながりの言葉を著者は探している。知的障害者で施設入所している人は約11万人、精神科病院の長期入院者約20万人。地域移行は進まないが、渡邉さんはあきらめない。「どの人もある程度被害者であり加害者である中で、共に生きていくとはどういうことか」。その思索は、独りじゃないよと呼びかける。暴れて措置入院させられたこともある「まっちゃん」との歳月は、いつか書くという物語の序章だ。

◇たていわ・しんや 東京大大学院博士課程修了。著書に「精神病院体制の終わり」「弱くある自由へ―自己決定・介護・生死の技術」など。

◇わたなべ・たく 京都大大学院文学研究科博士前期課程修了。日本自立生活センター事務局員。著書に「介助者たちは、どう生きていくのか」。共編著「障害者介助の現場から考える生活と労働」ほか。

【 2019年01月31日 11時20分 】

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  • シンポジウム「筋ジス病棟と地域生活の今とこれから」で話す立岩さん(京都市南区・2018年12月24日)
  • 「病者障害者の戦後」は税込み3240円。「不如意の身体」は税込み3024円。いずれも青土社刊
  • 「障害者の傷、介助者の痛み」(青土社)税込み2376円
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