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京都・安祥寺の五智如来坐像を国宝答申 初期密教彫刻の特徴

国宝になる「木造五智如来坐像」。左上から時計回りに阿弥陀、大日、阿閦、宝生、不空成就の各如来(文化庁提供)
国宝になる「木造五智如来坐像」。左上から時計回りに阿弥陀、大日、阿閦、宝生、不空成就の各如来(文化庁提供)

 国の文化審議会は18日、京都市山科区の安祥寺に伝わる平安時代初期の「木造五智(ごち)如来坐像(ざぞう)」5体を重要文化財から国宝にするよう、柴山昌彦文部科学相に答申した。初期密教彫刻の最重要作例の一つとされる。

 安祥寺は、唐代の中国に留学した8人の僧侶「入唐(にっとう)八家」の1人である真言宗の恵運(えうん)(798~869年)を開基に、848年創建された。五智如来坐像は、山上の上寺にあった礼仏堂に置かれたとみられ、一木造りで頭髪や肉身に乾漆を施し、重厚で単純化された造形に当代の密教彫刻の特徴を残す。

 5体は、大日、阿閦(あしゅく)、宝生、阿弥陀、不空成就(ふくうじょうじゅ)の金剛界五仏で、高さは1~1・5メートル。創建期に近い851~59年に造られたという説が有力とされる。

 安祥寺は、仁明天皇女御で文徳天皇母の藤原順子(のぶこ)(809~71年)を施主に、上寺・下寺に分かれて平安前期に繁栄した。しかし、応仁の乱の兵火に遭うなどして中世には衰え、江戸時代の復興・移転を経て、現在地で法灯を伝えてきた。五智如来坐像は京都国立博物館(東山区)に寄託されており、同じ境内にあった五大虚空蔵菩薩(ぼさつ)像(重文)が東寺観智院(南区)にあり、平安初期の仏教信仰をいまに伝える。

【 2019年03月18日 23時50分 】

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