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清盛ら平氏の拠点「六波羅邸」初の確認 堀跡を発見、京都東山 

平清盛ゆかりの六波羅邸跡で出土した軍事防御用の堀跡。土留めの石垣も施されている(16日午後2時25分、京都市東山区)
平清盛ゆかりの六波羅邸跡で出土した軍事防御用の堀跡。土留めの石垣も施されている(16日午後2時25分、京都市東山区)

 平安時代末期に平清盛ら平氏一族が屋敷を構えた「六波羅邸」の堀跡が京都市東山区で見つかったと、民間調査会社の文化財サービス(伏見区)が16日発表した。清盛が活躍していた時代の遺構とみられ、六波羅邸に関わる屋敷跡の確認は初めて。敵の侵入を防ぐために掘られたとみられ、軍事防御用の堀では京都最古の出土例という。

 調査地は東山区五条通東大路西入ル北側の浅見五郎助窯跡。不動産開発に伴って約千平方メートルを発掘している。

 調査会社によると、堀跡は東西15メートル、深さ1・3メートルの逆台形で幅は上面3メートル、底面1・8メートル。水も張られていたとみられ、南側には幅1・5メートルの土塁もあった。堀の西側5メートルは早くに埋め立てられ、埋めた部分と堀との境には土留めの石垣が築かれていた。石垣は石を積み、土を固めて補強する工法「版築」で築くなど鳥羽離宮跡(伏見区)にある同時代の白河天皇陵の堀によく似た造りという。

 堀跡からは平安末期の12世紀中ごろの中国から輸入した高級な白磁などが見つかり、一帯を拠点にした平氏の屋敷遺構と判断した。

 同志社女子大の山田邦和教授(考古学)は「この時期の京都における軍事用の堀の出土例はなく、相当大きなサイズだ。武士が台頭する時代を象徴する貴重な遺構といえる」と話している。

【 2019年05月16日 21時50分 】

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