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“幻”の明治新聞社刊、戦前の山城地域「長者番付」発見 

寺川家に残っていた明治新聞社発行の長者番付表
寺川家に残っていた明治新聞社発行の長者番付表

 京都府宇治市の茶農家でこのほど、1930(昭和5)年の山城1市(伏見)6郡(乙訓、宇治、久世、紀伊、綴喜、相楽)の長者番付表が見つかった。発行したのは、当時の伏見市(現京都市伏見区)にあった明治新聞社。酒造と水運のまち、伏見の繁栄を伝えるほか、幅広い職業の人たちの名があり、昭和初期の地域社会の一面を伝えている。

 宇治市宇治の寺川俊男さん(88)が蔵を片付けていた際に缶びつに入っているのを見つけ、保管していた。

 番付表は縦約62センチ、横約45センチ。426人の名前が挙がっている。東の横綱に位置付けられたのは、伏見の「月桂冠」蔵元、大倉恒吉。欄外に記された張出横綱は、倉庫会社社長で後に京都証券取引所理事長を務める現八幡市の奥主一郎としている。

 西の横綱には、蔵相だった27年の失言が金融恐慌の引き金となった貴族院議員の片岡直温(なおはる)が据えられている。張出横綱は、伏見の「金鵄(きんし)正宗」蔵元、堀野久造だった。

 名前が挙がっている人たちの職業は他に茶商や農業者、地主、製樽業者、竹商、柿渋商、鉱山主、灸師など多彩だ。「聴竹居」(現大山崎町)の設計で知られる建築家の藤井厚二や、大正期から山科でマスカットを温室栽培した木村太一郎、寺川さんの曽祖父、太三郎の名もある。

 女性は少ないが、前年に暗殺された労農党代議士山本宣治の妻で、料理旅館「花やしき浮舟園」(現宇治市)の2代目女将、千代の名が上がっている。

 発行元は明治新聞社。伏見市長や京都商工会議所会頭を務める中野種一郎(1876~1974年)が1908年に設立し、第2次世界大戦中まで三十数年間にわたり日刊紙を発行し続けた。

 「中野種一郎翁伝」によると、約3万部を発行し、将来の合併も視野に当時の伏見市以南や京都市の一部に配ったという。

 だが、紙面は府内の公立図書館や国立国会図書館になく、今や「幻」の新聞に。府立京都学・歴彩館(京都市)に番付掲載者をいろは順に紹介した30年と35年の冊子が残る。

 寺川さんは「やり手だった」と伝え聞き、番付表に名をとどめた曽祖父に改めて思いを馳せている。

【 2019年06月18日 17時00分 】

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