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名将2人が語る高校野球愛 龍谷大平安と近江

京滋両代表の宿舎は大阪府内の同じホテル。本番を前に穏やかな様子で対談する、近江の多賀監督(左)と龍谷大平安の原田監督=大阪府池田市
京滋両代表の宿舎は大阪府内の同じホテル。本番を前に穏やかな様子で対談する、近江の多賀監督(左)と龍谷大平安の原田監督=大阪府池田市

 第100回の節目となる全国高校野球選手権が5日、幕を開けた。京都、滋賀の代表はともに強豪の龍谷大平安と近江。近江の多賀章仁監督(58)と龍谷大平安の原田英彦監督(58)は平安高時代の先輩後輩という仲でもある。2人の名将が大会に寄せる思いや高校野球の未来を語り合った。

 【今大会への思い】

 多賀監督 平安は100勝が懸かる年。(原田監督の)気持ちは重々分かる。節目に出場したのはさすが、と言うしかない。執念やね。滋賀県としては今春、3校が選抜大会に出場した。そういう流れの中で近江が出られた意義は大きい。

 原田監督 出場回数が春夏最多の平安が100回大会に出ないとしゃれにならんと思っていた。今年は春夏ともに記念大会の年。この夏が最後のチャンスだった。腹を決めて臨みましたよ。選手も一丸となって決めてくれ、ほっとしました。

 多賀監督 印象に残っているのは準優勝した第83回大会(2001年)。その後の人生が大きく変わった。あの大会は(同時に出場した)平安と2回戦以降は試合日が同じで、直前に試合を終えた平安の校歌を聞いてグラウンドに入っていた。不思議な縁だった。

 原田監督 僕も同じ大会。今でも松山商(愛媛)との準々決勝は僕のベストゲーム。夕焼けがきれいで、赤い空に演出されているような。勝って近江と戦いたいと思いましたが、力尽きましたね。

 【互いのチームの印象】

 多賀監督 抽選会では「平安だけには当たらんように」と願った。引き当てた相手(智弁和歌山)が強烈でしたけどね。

 原田監督 近江は良い投手が多い。今大会も複数の投手がいる。準優勝した時は「(複数投手を駆使した)三本の矢」が機能した。3回ごとの継投は僕には絶対できない采配。今年の近江も似ている。

 多賀監督 練習試合を毎年して、気迫を前面に出す平安を手本にしている。今年の京都大会は投手起用に監督の信念を感じた。すごい戦いぶりだった。監督が自ら笑顔でグータッチして選手を盛り上げて。参考にせなあかんと、後押しされました。

 原田監督(多賀監督とは)同じ釜の飯を食べた先輩後輩。勝てなかった平安時代をともにした。厳しい3年間を過ごしたときの憧れの先輩ですから…。負けたくない思いと、甘えたい気持ちもある。

 【指導上の信念】

 原田監督 年によってチームの性格は違う。その都度、指導方法もトレーニングも変えている。(グータッチで選手を迎えるような)今の姿もこの夏限定。

 多賀監督 強さを維持する伝統校は1人の監督がチームをつくり上げている。智弁和歌山の高嶋仁監督を筆頭に、平安も同じ。それを守り続けているのが原田監督。大きな力やと思いますね。

 原田監督 昔は先輩が怖かったが今はそれがない。だから僕が全部やってます。教育7割、野球3割。ベンチ入りできなかった選手も全員が平安に入って良かったという思いを持って卒業させてやりたいんです。

 多賀監督 甲子園より大事なものを見つけるように言ってます。うちは1学年30~35人いるので3分の2はベンチ外。その子たちが何をつかむかが大事。自分で人生を切り開くたくましさがほしい。

 【次世代へ】

 多賀監督 僕は野球漫画「巨人の星」や長嶋、王に憧れた。第51回大会決勝の松山商-三沢の激戦は僕の誕生日だった。小学生ながらテレビに釘づけになって「俺も甲子園に行くんや」と思った。そんな少年が増えてほしい。

 原田監督 野球するのはしんどい。でも、今の自分があるのは野球のおかげ。負けない自分をつくれた。野球をやって損したとか、失敗したということは絶対ない。それを伝え、野球を守る使命があると思っています。

 多賀監督 野球ってすごい。僕も人生懸けてここまできたんでね。子どもたちの記憶に残る印象深い試合をしたい。そんなプレーを今の選手にもしてほしい。

【 2018年08月06日 16時00分 】

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