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ノーベル賞・野依氏、ラグビーと科学を語る【全文】①

ラグビーも、研究も「人を育てる側面がある」と語る野依さん(東京都千代田区内)
ラグビーも、研究も「人を育てる側面がある」と語る野依さん(東京都千代田区内)

 2001年にノーベル化学賞を受賞した野依良治さん(81)は京都大学での一時期、ラグビー部で楕円球を追いかけた。20日に開幕するラグビーW杯(ワールドカップ)日本大会を前に京都新聞のインタビューに応じ、ラグビーと科学研究の類似点やW杯への期待を語った。

【はじめに】

 私は普段、話をする人が研究や行政の専門家に限られているから、他の分野の人にも思いを聞いてほしいと思っています。(ラグビーに関するインタビューは)戸惑いを感じながらも、考えを巡らしました。長く科学研究に打ち込んできたが、ラグビーと科学はもちろん相当に違うが、人の営みとして共通点が多いと感じています。ともに国境を越えるグローバルな営みですが、もともと欧州由来の営みですね。その中で世界に伍してやっていくのは厳しい現実があると思います。武道やお茶、日本画、踊りなどの伝統文化の世界とは相当に違う。この歴史と現実を踏まえて日本のラグビーや科学、社会全体が今後どうあるべきかということをこの機会に考えさせてもらいました。

【ラグビーとの出合い】

 高校時代は神戸の男子校(灘高)で育った。勉強ができないわけではなかったが、柔道部に属していて、勉強よりも腕力に自信があった。若気の至りで勇壮果敢を持って尊しとしていました。当時のラグビーは、八幡製鉄や近鉄の全盛の頃です。八幡製鉄に宮井国夫(元日本代表)という俊足ウイングがいて、そのような颯爽[さっそう]たる姿に憧れていました。そんなことで京都大でラグビー部に入れてもらいました。実際はそう甘いものではなく、ラグビーでは落第生です。しかしそれでも80年生きるためにたくさんのことを学ばせてもらい、本当にありがたく思っています。

 習ったことの一つは個人と組織の関係。「ONE・FOR・ALL、ALL・FOR・ONE」。15人だけじゃなくて、競技場や道具の整備をする部員も全員が心を一つにして勝利という目標に向かう。一人が与えられた役割はしっかりと果たさなければ絶対に勝利という目標は達成できない。同時に、全ての人が一人一人の仕事を理解し、感謝して助けてくれる。一部が欠けても全体が成り立たないということを身をもって知るわけです。ここは柔道とは少し違います。

 ただ相手も同じ事を考えて戦うわけですから、生半可なやり方では勝てない。同志社大のような強豪に勝つことは不可能だった。しかし、勝ち負けだけが全てではない。圧倒的な力を持つ相手にどう立ち向かうのか。同じぐらいの相手に負けて悔しがることも、また人生の糧になります。

 これは大事なことです。京都大には秀才が多いが、それまで勉強でほとんど負けたことがない。ラグビーで吹っ飛ばされて負けるということで、初めて実際の厳しさを知る。チームとして結束、工夫することによって、個々の人間性を培って、人間の幅を広げることになります。その実体験は社会のあらゆることに通じます。実力とは何か、要領では通じない。学生の時に頭だけでなく身体を使って勉強することは大変有意義だと思う。実はラグビーや科学というのは人を育てるという側面があります。試合に勝つとか、優れた研究成果を出すだけではなくて、一生懸命にやるということに喜びがあり、人を育てることになる。これが一番大事なことで、人の一生に非常に大きな影響を持つと思っています。

【体験して得ること】

 何事も心技体を充実させることが大事です。生半可なことでは一流にはなれません。一流選手は才能もさることながら努力が違う。そこに謙虚に敬意を表しないといけない。私自身はこのことを学んで、体力的に厳しいラグビーは諦めて学問に戻りましたが、こちらも大変ですね。知力と感性の世界で、ここでも国際的に認められるというのは大変なことと知ります。結果的には覚悟を決めて一応、何とかやり遂げることができた。

 科学の世界で学んだことは、他にはない独自性を磨き上げること。そして集中力。これは大事ですね。科学の場合はラグビーと違い相手と戦うというよりも、独自性を発揮していかに世界の多くの人に理解と共感をうるか、だと思います。

 多くの世界で通じる事だと思うが、自ら競技を実践することと、他人のやることを見て楽しむことは全然違う。世の中の多くの人はリスクを取らない見る側であって、メディアの影響もあるけれど、ちょっと安易に過ぎるんではないか。昔はサッカーでもラグビーでも日本は弱い、厳しさが足りないとか言われたけど、実際にやってみると、これは大変ですよ。漫然と見て批評するだけじゃなくて、一度ぐらいは本物を経験してみるのがいい。自ら体験して実力を実感することが非常に大事で、これで人生謙虚に生きることを学ぶ。これが大事だと思う。

 私は柔道をやっていたが、最初に組み合っただけで相手の力は大体分かる。段位の高い人は姿勢が正しく安定感があるし、動きは滑らかで無駄がない。力勝負はしないが、組んだだけで勝てないと分かる。剛力ではなく、美しい技で軽く飛ばされる。ラグビーは柔道と違って団体戦ですが、それでも決まった相手がある。自らの技量が相当優れてないと勝利に貢献するのは難しい。選手が突進してきて、「タックル一発で倒せ」と言われても、そこまで気力も体力も及ばない。まあそれも、一度はやってみないと分からないことです。私はラガーマンを尊敬しています。

 これは研究社会にも通じる。いろいろな外国の大学を訪ねて専門の研究者たちと議論する。「あなたは何をやっているの」と1対1でやるわけです。1日に5~10人ぐらいと30~40分程度会います。この受け答えで大体、この人はどのくらい考えが深いか、幅が広いか、ぱっと分かる。相手も私を感じ取っている。これを30年以上も繰り返してきました。個々の論文をいちいち読まなくても大体相手の実力が分かり、世界で評判が立つことになる。

 科学の国際会議や大学のセミナーが終われば、少人数の晩ご飯に呼ばれます。しばしば家族も加わる。そこで先生たちと世間話をするわけですが、互いに人柄を知り、尊敬の念とか、信頼感、友情も生まれる。個人的に知り合って、良い仲間ができていくわけです。ラグビーでいうとノーサイドの精神。そのような人間関係がもとになり、新しいリーグが誕生したり、W杯が成り立っていくんじゃないかと想像します。ここでは強いチームの強い選手だけが重きをなすわけではない。むしろ全ラグビー人がノーサイドの後の時間、さらに生涯にわたる人間関係を楽しむということが大切だと思うのです。僭越[せんえつ]ですが、これは一科学者の体験です。

【 2019年09月11日 05時00分 】

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  • ラグビーも、研究も「人を育てる側面がある」と語る野依さん(東京都千代田区内)
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