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読み書きを奪われて 識字運動に挑んだ山本栄子さん(下)
「言葉は文字ですよ」 対談本出版目指しクラウドで資金募る

戦後5年が過ぎた頃の京都市内の被差別部落(1952年・京都市不良住宅実態調査報告書)
戦後5年が過ぎた頃の京都市内の被差別部落(1952年・京都市不良住宅実態調査報告書)

 部落差別で小学校に満足に通えなかったため読み書きができず、40歳で自ら識字教室を立ち上げ、学び続け、実名で部落差別と闘ってきた山本栄子さん(87)。京都市内の山本さんの暮らしてきた同和地域には、在日コリアンの人も多かった。山本さんが声をかけ、学校に通ったことがない在日コリアンの女性も識字教室に参加した。鉛筆を握ったことがなく、縦線や横線を書こうとしてもうまくいかず、鉛筆が手から滑り落ちてしまう。汗びっしょりになって書いていた姿を山本さんは覚えている。

 その在日コリアンの女性が、1973年に京都市が編集した「識字学級の文集」に寄せた作文。

《しき字学級へいってよかったです。わたしはいままで、字をよんだり、かいたりしようと思っていても、家ではなかなかできなかったのです。

 でもいまは、しき字学級へきているので、字をおぼえるようになりました。早く字をおぼえて、みんなといっしょに声をそろえて、本をよみたいです。

 みんなとはなし合うと、わたしとおんなじことをかんがえているなあと、思います。しき字学級へいって、はなし合うと気もちが明るくなります。字はつまったり、にごったりするところがむずかしくて、うまくかけません。でもわたしの目は、少し字がよめるようになりました。いままでは、まっくらなかんじだったのが、少しぼうっとしたぐらいになった見たいです。

 バスにのっても、字が一つ読めると、あとはかんでわかるので、うれしいです。

 字もおぼえて、家けいぼをつけたいと思います。これからもがんばって、しき字学級でべんきょうしたいです。》

 自主運動として始まった各地の識字教室は70年代、行政が同和行政の一環として隣保館で実施するようになっていく。当時の識字教室で使われた教材のプリントを、京都部落問題研究資料センター(京都市北区)が所蔵している。ひらがなの書き順から始まり、「百万遍(ひゃくまんべん)」「府庁前(ふちょうまえ)」「祇園(ぎおん)」など市電・バス停留所の読み方や、自分の住所や市役所への届け出書類の書き方を学んだことが分かる。言葉から連想することを書く設問では、「しごと・楽しい・失対・苦しい」とある。失対とは、行政の失業対策で日雇い労働をすることの略語。字が読めないと市民の身近な足である市バスに乗るのも難しく、被差別部落の切実な生活ニーズに密着した言葉を、まず教材にしたことがうかがえる。

 山本栄子さんは振り返る。

 「年賀状のことだけをみても、どれほど遅れていたことか。人前で恥をかくのを恐れたらなんもできひん。言葉は文字ですよ。(被差別部落の)地域の中での会話は単語を並べて、イエスかノーかが多かった。家族の会話みたいにそれでも地域の中では通じてしまう。語いが少なかった。恥ずかしいから、みじめでも仕方がないと思っては何もできないです。分からないことを分からないと、知らないことを知らないといえないと。文字を取り戻すことは、自分を取り戻すこと。字を取り戻すことで自信がついていく」

 識字教室の取り組みは、就労機会を求める運動へと育っていった。字を書けるようになって、運転免許を取りたい。調理師やヘルパーの筆記試験に合格し、資格を取って働きたい。山本さんは調理師の試験に42歳で合格、京都市内の小学校で給食調理員として働くようになった。定年退職後の63歳で京都市立郁文中二部、夜間中学へ入学。西京商業高定時制へ進学し、孫ほどの年齢の同級生たちと一緒に高校生活の「青春」を送った。69歳で立命館大に入学。87歳の今も、習字などを学び続けている。

◇70年代の識字教室で使われたテキストの末尾には、しゃけん・しきょうい・どうたいしん・しょくあん、といった略語集があった。文字を知らずに耳だけで言葉の意味をつかむことの難しさを突きつけられる。車検、市教委、同対審、職安と、漢字の力に理解をどれほど頼っていることだろう。識字教室の文集を読むと、大人になってから文字を習うのにどれほど勇気がいったのか、字を知らないために受けたみじめさや屈辱を多くの人がつづっている。「言葉は文字ですよ」という山本さんの体験に裏打ちされた言葉は重い。識字教室は単に学ぶだけでなく、いつもの仲間と出会い、励まし合う場だった。各地で長く続けられてきた識字教室だが、京都市は既に助成を打ち切っている。

 インタビューの終わりに、好きな字を一字選ぶなら何でしょう? と尋ねてみた。しばらく考え込む山本さん。

 「しのぶ。忍ぶってことを大事にしている。小さな頃にいじめられても耐えて、負けずに生きてきたことが原点やから」

紙に大きく、忍という漢字を書いてもらった。堂々とした運筆。忍という字には心という字が入っていますね、というと、山本さんは、ほほえんだ。山本さんの語り口は、いつもやわらかく、学ぶことの楽しさとはっとさせられる言葉に満ちている。数年間、地区外の新興住宅地で暮らしていた時に、隣近所から聞こえる音にカルチャーショックを受けたという。謡曲をする声、ピアノを練習する音、公園で学生が吹くクラリネット…そんな音の文化や習い事は、育った地区にはなかった、と山本さんはいう。いわれない差別で奪われたものへの静かな怒りと、新しい出会いへのみずみずしい感動が、山本さんの語りにはある。

 山本さんの対談集「いま、部落問題を語る」(仮題)を出版するプロジェクトは、京都部落問題研究資料センターの平野貴子さん、柳原銀行記念資料館の木村理恵さん、静岡大の山本崇記准教授らが企画。部落問題に携わる当事者、研究者、実践家と山本さんの対談をまとめ、部落差別解消のヒントを探る。京都市立芸術大の淀野実副理事長との対談では、京都市の同和行政が総括されたかどうかを語り合う。

 プロジェクトは10月から、インターネットのクラウドファンディングで制作費など目標額120万円を募っている。1口1000円からで、同プロジェクトのメンバーは「部落差別とは非常に陰湿であり、インターネットの登場で露骨になされている。しかし、オープンで深い対話を通して部落差別解消に向けた取り組みの場をひとつひとつ、つくっていくきっかけにしたい」と話している。

 山本さん対談本のクラウドファンディング・プロジェクトページは、インターネットの検索サイトで「山本栄子 クラウドファンディング」で探すとたどり着ける。

【 2018年10月22日 00時00分 】

ニュース写真

  • 戦後5年が過ぎた頃の京都市内の被差別部落(1952年・京都市不良住宅実態調査報告書)
  • 40代から読み書きを学び、調理師試験に合格し京都市内の小学校給食調理員として働く山本さん
  • 63歳から夜間中学で学ぶ山本さん(写真右)。黒板の卒業生を送る言葉は山本さんが書いた
  • 好きな字だという「忍」を書く山本さん。いわれない差別と闘ってきた半生の思いがにじむ
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