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与謝蕪村の最期を記録した史料見つかる 70年前行方不明

蕪村の埋葬と墓石建立の経緯が記された和紙の史料(京都市右京区、嵯峨嵐山文華館)
蕪村の埋葬と墓石建立の経緯が記された和紙の史料(京都市右京区、嵯峨嵐山文華館)

 京都で亡くなった江戸期の俳人で画家の与謝蕪村(1716~83年)の最期を記録した和紙の史料が見つかり、嵯峨嵐山文華館(京都市右京区)の企画展で、5月12日まで公開している。蕪村の埋葬と墓石建立の経緯を弟子が詳細に記している。

 史料は70数年前に国文学者が調査して以来、行方不明だったものを、小倉百人一首文化財団理事長が知人経由で入手した。

 蕪村の弟子で俳人の寺村百池(ひゃくち)の日記の抜き書きで、縦約15・5センチ、横約50センチ。

 史料によると、蕪村が現在の下京区仏光寺通烏丸付近の居宅で、12月25日未明に死去した後、同日夜に密葬。翌年の1月25日に本葬が営まれた。27日に金福寺(こんぷくじ)(左京区一乗寺)で納骨式があり、28日に寺村宅で句会が開かれたとある。

 また、金福寺にある蕪村の墓石の大きさに関する記録のほか、弟子たちによる共同出資で建てられたことも記されている。

 蕪村を研究している藤田真一・関西大名誉教授は「あくまで日記の抜粋で、原本が見つかればさらに詳細な経緯が分かるだろう」と話す。

【 2019年04月26日 11時13分 】

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