2020年7月10日

東洋大学

<NewsLetter Vol.02>
東洋大学は研究成果である「知」で2020へ貢献します

スポーツを物理学の視点で考え
サポートすることに挑戦しています

 本ニュースレターでは、東洋大学が2020年から未来を見据えて、社会に貢献するべく取り組んでいる研究や活動についてお伝えします。
 今回は、大学院理工学研究科生体医工学専攻 望月修 教授に、物理学の視点から考えるスポーツの効果的な練習や良い記録を出すための方法について聞きました。

【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202007091866-O1-bVxH2Iar
理工学研究科生体医工学専攻 望月 修 教授

Point
1.短距離走の記録更新戦略に、物理学の視点を取り入れる
2.速く泳ぐための推進力を得るには、手のひらを流体力学的に大きくする

短距離走の記録更新戦略に、物理学の視点を取り入れる

物理学でスポーツを考えるとは、どういうことでしょうか?また、それは五輪種目にも生かせるものでしょうか。
 例えば、早朝、選手たちがグラウンドを走っているのを見かけます。筋肉を柔らかくするためなのか、筋力をつけるためなのか。何を目的に走っているのだろうと思うわけです。そして、物理学を用いれば、より効率的に同様の効果が得られるのではないかとね。五輪・パラ大会に限らず、あらゆる競技・スポーツはすべて空気あるいは水という流体の中で行われます。この流体力学に基づいて、鍛えた力をより無駄なく、より効率的に使う方法を構築する。これが「物理学でスポーツを考える」ということです。私は物理学の視点から、選手の練習方法のサポートや、スポーツウェア・グッズなどの開発を行うことが可能であると考えているのです。

物理学で捉えると、速く走るコツというのはどうなりますか。
 走ることを物理学の視点で分析する第一歩目は、足で蹴ることで力を地面に伝え、その反動で推進力を得ていることを理解することです。通常、走っている主体は「人」であると考えがちですが、実は走っている人を推進させた主体は「地面」にあります。そして、人が走る時に作用している力は、4つに分けられます<図A参照> 。①下方向にかかる体重+地面を下に押す力、②地面からの反力(体重+地面を下に押す力)、③前進するための推進力、④走行速度の2乗に比例する空気抵抗です。
 ここで対になっている力は向きが反対であるため、同じ強さの分を打ち消し合うことになります。これを頭に入れず推進力と抵抗のバランスだけを考えてしまいがちですが、実際には走る人が角度をつけて地面を蹴ることによって、地面からの反力のうち水平方向分の力が推進力、すなわち前に進む力となるのです。 

【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202007091866-O2-9j530z42

地面を蹴る強さが推進力の大きさに関わるということでしょうか。
 確かに、蹴る力の強さは重要です。しかし蹴る力を強くすれば、いくらでも速くなるというわけではありません。そこには「摩擦」という制限があるからです。<図B>を見ると、斜め後方に蹴ることで、その水平方向の反力としての推進力と上向きの反力を得ることがわかります。そして、地面を蹴っている瞬間は地面と足裏に静止摩擦力が働きます。
 静止摩擦力は、静止摩擦係数(接地面の滑りにくさ)×垂直抗力(足裏が地面を押す力の垂直方向への反作用)の数式で求めることができます。静止摩擦力が推進力より大きければ、足は滑らず、地面にしっかり力を伝えることができる。逆に、静止摩擦力が推進力よりも小さければ、足が滑り、地面に力を伝えにくくなる。このことから、地面を蹴る向きを水平に近づけるほど、より大きな推進力を得られそうに見えても、それには限界があるということがわかります。

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 通常、地面と足裏の静止摩擦係数は、0.3程度です。静止摩擦係数を0.3と仮定して方程式を解くと、73°の方向に蹴ることで、持てる力を最大限に推進力として転用できることがわかります。そして、静止摩擦係数が大きくなるほど、この角度は小さくすることができます。このように、地面と足裏(シューズの底)の静止摩擦力に着目すると、適正な摩擦係数の高さを得られるシューズを選ぶことによって、効率的に推進力を大きくできることもわかります。
 また、地面からの反力が体重+地面を押す力であることに着目すると、短距離走においては、地面を蹴る力を強化するだけでなく、適正に体重を増加することも効果的といえます。特に日本人は体重が少ない傾向があるため、体重増加によって摩擦力を増やしたり、摩擦係数の大きいシューズを履くことによって推進力が大きくできるケースも多いのです。

速く泳ぐための推進力を得るには、手のひらを流体力学的に大きくする

水泳に物理学を用いると、どんなことが考えられるでしょうか。
 水泳は、手のひらで水を押して、その水からの反作用で推進力を得ます。その際の力は、手のひらの面積、動かす手の速度の二乗、水の密度に比例します。つまり、手のひらが大きいことは速く泳ぐために有利な要素といえます。計算上では、爪を2cm伸ばせばタイムを1/100秒縮めることができるのです。さらに、爪を尖らせることで爪の先に360°の特異点が生じて真空ができるのですが、それで水をかくと水が真空に吸い寄せられて、水を引っ掛けやすくなるのです。そのため流体力学の見地から考えると、長くて尖った付け爪は効果的なのです。また、手のひらの面積を広げるために、指と指の間隔を指1本分空けた程度ならば水が指の間を通らないので、その分の面積を大きくした効果が得られる、ということも流体力学で説明できます。
 ちなみに、マラソンで前に走る選手の後ろについて走る光景を見たことがあるかと思います。いわゆる風よけとして前の選手を利用するわけですが、指1本分の間は水が流れないのと同様に、人ひとり分の間隔を空けて走ると風が間を通らず、かつ前を走る選手も風の抵抗が少なくなります。
 私はこれまでに競泳用水着の開発などにも携わってきましたが、泳ぐ際には「圧力抵抗」が40%、「摩擦抵抗」が20%、「造波抵抗」が40%という割合で、抵抗が発生しています。これまで、圧力抵抗と摩擦抵抗を軽減するためにレーザー・レーサーという水着が生まれましたが、まだ造波抵抗を軽減する水着は開発されていません。そのため、最近は水の上を動く物体が受ける「造波抵抗」を軽減する工夫にも取り組んでいます。水中と水面とで素材を切り替えるなど、造波抵抗を減らして速く泳ぐための水着やスイミングキャップ、ゴーグルなどを物理学の見地から提案中です。

【画像: https://kyodonewsprwire.jp/img/202007091866-O4-8j2CAN2T
望月 修(もちづき おさむ)
東洋大学 大学院 理工学研究科生体医工学専攻 教授/工学博士
専門分野:機械工学、流体工学
研究キーワード:流体工学、バイオミメティクス、スポーツ工学
著書:オリンピックに勝つ物理学[講談社blue backs]、生物に学ぶ流体力学[養賢堂]ほか

【本News Letterのバックナンバーはこちらからご覧いただけます。】
https://www.toyo.ac.jp/s/letter2020/
 

理工学研究科生体医工学専攻 望月 修 教授
図A
図B
望月 修(もちづき おさむ)