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【杭州(中国)2020年7月14日新華社=共同通信JBN】中国東部の都市・杭州は7月6日をHangzhou Liangzhu Day(杭州良渚日)として「最も若い」(最も直近に選出された)杭州の3件の世界遺産のための特別な祭典でもある第1回Hangzhou Liangzhu Culture Week(杭州良渚文化週間)を開始したと、杭州市政府が明らかにした。

1年前にアゼルバイジャンの首都バクーで開催された第43回世界遺産委員会で、Archaeological Ruins of Liangzhu City(良渚古城遺跡)が世界遺産に登録された。杭州は7月6日を「杭州良渚日」とし、6月24日を「Hangzhou West Lake Day(杭州西湖日)」とすることを決定した。この2つの日は、杭州の2つの有名な史跡が世界遺産に正式に登録された日付である。

西湖から京杭大運河、さらに良渚古城遺跡まで、杭州は既に3つの世界文化遺産を持っており、これは杭州が中国の歴史文化の明確かつ完全な文脈を明示する異なるさまざまな文化遺産を持つ古都であることを示している。

杭州では、3つの史跡が全て都市開発の中心部に位置している。このため杭州は、この3件の世界遺産を総合的に保護する過程で市民の参加意識と人間と自然の共生に特別な注意を払うようになった。文化遺産、都市開発、都市住民を組み合わせた総合的かつ共生的な保護方式が、長年の探究を経て徐々に形成されてきた。

「良渚」は、中国語で美しい水の洲を意味する。都市と水は開発において常に共生してきた。都市の基盤を築いた先祖たちは常に水辺で生活し、良渚古城も例外ではない。良渚古城外周の水利拠点は、これまで中国で発見された中で最古の大規模水利プロジェクト遺跡である。これには複雑な灌漑システムと農業開発、管理が含まれる。人類がまだ馬を家畜化していなかった時代には、それは極めて重要だった。

世界遺産リストへの登録後は、これらの遺産史跡を効果的に保護することは全ての関係者の共通の責任である。

「最優先事項は保護すること、第2の優先事項は保護の成果を共有することである」。これは良渚古城遺跡の管理チームの原則で、チームは年間を通じて保護区内の24の村と連絡を取り、史跡の保護と生活、生産活動を調整する責務を担う。

同時に、杭州は大規模史跡を保護するための「特別区」モデルを設置し、史跡の完全な状態と信頼性を最大限に維持し、良渚古城遺跡公園(Archaeological Ruins of Liangzhu City Park)の建設もこれに含まれる。現在、この公園は広い地域で元の湿地の生態系を保全、回復し、当時の古い農村様式を復元した。さらに、114平方キロメートルの遺産区域と緩衝区域の定期点検と技術的な早期警報は、データの収集・分析の科学技術的支援により強化されている。

このような、世界遺産史跡と都市、都市と住民の間で共有された成長と統合は、過去の世代の西湖の保護にも見られる。現在、西湖の山々や河川を散策すると、人間と自然の調和の取れた共生のしるしが至る所に見られる。

13世紀前に早くも、杭州の著名な詩人で政府官吏だった白居易は杭州に水利プロジェクトを構築し、人々を組織して堰を作り貯水し農地に灌漑した。西湖の有名な景勝地である蘇堤も、10世紀前に西湖を治めた杭州の著名な官吏で文人の蘇東坡を記念して名付けられた。2002年以来、杭州の最も重要な景勝地でもある西湖は同市の中央公園になり、西湖公園と共に130を超す景勝地が一般市民に無料で開放されている。

西湖の世界遺産申請の主任審査官でイコモス(国際記念物遺跡会議)の専門家であるPark So-Hyun氏は、杭州の都市開発と西湖での湖沼保護の調整が優れていることに驚嘆した。同氏は、土着民自体が文化的景観の構成要素であり、彼らは遺産保護の責任を管理チームと共有していると述べた。

古来、杭州と西湖の調和の取れた関係が壊されたことはない。杭州の当局者と地元住民には何世代にもわたり、湖を人々に返し西湖を保護するというコンセンサスがあり、これは何千年も続いてきた集団的な意識的行為である。

結局のところ、文化遺産の保護は都市住民の取り組みと切り離すことはできない。良渚古城遺跡と西湖の保護が真に杭州の全ての人が関わるものになったということが見て取れる。人間、自然、都市の調和の取れた共生において、また、文化遺産の継続的な保護において、中華民族の哲学、独特の美的感覚、伝統的な気質もまた連綿と受け継がれている。

ソース:Hangzhou Municipal Government