滋賀県立美術館で開催の企画展「コレクター福富太郎の眼-昭和のキャバレー王が愛した絵画-」の展示構成を紹介します。

■展示会構成

本展は、独自の信念のもと作品を追い求めた福富太郎の審美眼に焦点をあて、他に類を見ないコレクションの全体像を提示する貴重な機会となります。


第1章|コレクションのはじまり 鏑木清方との出逢(であ)

 1945 年5月24日、東京都品川区中延に住んでいた13歳の福富(本名:中村勇志智=なかむらゆうしち)は、空襲に遭い命からがら逃げ出しました。しかし父親が大切にしていた鏑木清方の掛軸を持ち出すことはかなわず、家屋もろとも焼失させてしまいました。この体験が原点となり、のちに福富は清方作品の収集に熱中することとなります。
本章では、清方が作品との再会を喜んだと言われる《薄雪》や、発表当時も話題となった異色作《妖魚》など、実業家として事業を成功させた福富が特に情熱を傾けて収集した清方作品から、福富コレクションの始まりを紹介します。



第2章-Ⅰ|女性像へのまなざし 東の作家

福富コレクションの核は、近代日本画の女性像です。清方への思慕からはじまった収集は、梶田半古(かじたはんこ)、渡辺省亭(わたなべしょうてい)、富岡永洗(とみおかえいせん)、鰭崎英朋(ひれざきえいほう)、小村雪岱(こむらせったい)といった当時はあまり知られていなかった作家たちへと興味が広がっていきました。コレクションには竹久夢二(たけひさゆめじ)、伊東深水(いとうしんすい)といった福富が収集を行っていた時期から評価の高かった作家も含まれていますが、その作品はありきたりではなく、福富の審美眼によって選ばれたものでした。
本章では、院展や文展といった展覧会への出品作を中心に、編まれてきた近代美術史とはまったく別の視点で収集された作品群について、女性像を中心に紹介します。

竹久夢二《かごめかごめ》1912年 福富太郎コレクション資料室蔵

第2章-Ⅱ|女性像へのまなざし 西の作家

東京都出身の江戸っ子ということもあり、まず関東の作家に関心を持った福富でしたが、やがて収集の範囲を関西の作家にも広げていきます。そのなかで特に福富が気に入り、愛着を持って手元に置いたのが、大阪で活躍した北野恒富(きたのつねとみ)の《道行》でした。やがて恒富に私淑した島成園(しませいえん)や、京都の作家、上村松園の作品もコレクションに加わりました。本章ではそのほかにも、甲斐荘楠音(かいのしょうただおと)、松浦舞雪(まつうらぶせつ)、寺島紫明(てらしましめい)らの作品も出品されます。

上村松園《よそほい》1902年 福富太郎コレクション資料室蔵

第3章-Ⅰ|時代を映す絵画 黎明期の洋画

 これまでの福富コレクションの展覧会では、日本画の女性像が紹介されることが多かったのですが、実は洋画にも重要な作品が多数収蔵されています。
 本章では、日本における洋画(油彩画)の黎明期とも言える明治時代に活動した高橋由一(たかはしゆいち)、山本芳翠(やまもとほうすい)のほか、近年再評価が進んでいる川村清雄
(かわむらきよお)や、五姓田芳柳(ごせだほうりゅう)、五姓田義松(ごせだよしまつ)、また彼らに大きな影響を与えた来日外国人画家のチャールズ・ワーグマンやジョルジュ・ビゴーなどの作品を紹介します。

高橋由一《小幡耳休之肖像》1872年 福富太郎コレクション資料室蔵


第3章-Ⅱ|時代を映す絵画 江戸から東京へ

福富の収集は、作品の時代やジャンルを問わず、実に多岐におよびました。有名無名を問わず、自らの目でほれ込んだ作品はちゅうちょなく収集していったのでした。
 本章では、そういった福富の審美眼によって選び抜かれた岡田三郎助(おかださぶろうすけ)、萬鐵五郎(よろずてつごろう)、岸田劉生(きしだりゅうせい)、村山槐多(むらやまかいた)、佐伯祐三(さえきゆうぞう)などの作品を紹介します。

岡田三郎助《ダイヤモンドの女》1908 年 福富太郎コレクション資料室蔵


第3章-Ⅲ|時代を映す絵画 戦争画の周辺

 幼少期に第2次世界大戦を体験した福富にとって、戦争を主題とした絵画とは、大きく心を動かされるものであったようです。福富はいわゆる「戦争画」といわれる、戦争をテーマに描いた作品を熱心に収集しました。
 そのうち、戦時中に描かれた藤田嗣治(ふじたつぐはる)、向井潤吉(むかいじゅんきち)などのきわめて重要な作品を含む約100 点は、没後に東京都現代美術館に寄贈されましたが、「戦争画の周辺」ともいうべき作品は、現在も福富コレクションに残っています。

満谷国四郎《軍人の妻》1904 年 福富太郎コレクション資料室蔵