連載コラム「泉屋偶記」では、泉屋博古館や青銅器館(ブロンズギャラリー)の日常や舞台裏などの知られざるエピソードを、同館学芸員・山本氏がつづります。

 

 第1回「センオクハクコカン」 

 ひょんなことから「ことしるべ」にコラムを寄稿することになった。今月から2027年3月まで毎月更新の全9回、気軽に引き受けたにしてはずいぶんと長い連載になりそうで、いまさらながら気後れがするが、ひとまず題を「泉屋偶記」としてみた。筆者が勤務する泉屋博古館の青銅器館にまつわるこぼれ話を中心に、気の向くままに書いてみようと思うが、果たして最後までもつかどうか。

 泉屋博古館という美術館をご存じだろうか。ちなみに「センオクハクコカン」と読む。あまりに「イズミヤ」と読まれるため、電話口で訂正するのにも慣れてしまったが、何しろ名前から美術館であることが分かりにくい。この泉屋博古館、行政上は「考古資料館」に区分されているらしく、「博古館」という博物館と間違われやすい名前が理由なのかと思えば、「(美術館とは違って)あまり人が来ないから」であると聞いたときには、さすがに閉口してしまった。

 しかし、館の一員として、この名前には愛着も感じているのだ。住友コレクションを母体としながら、「住友美術館」のような分かりやすい名前をあえて名乗らないのは、奥ゆかしくて京都らしい、というのは自画自賛に過ぎようか。何より語呂がいい。「センオクハクコカン」。一度声に出して読んでみたい名前をもつ美術館は、京都・東山の麓、鹿ヶ谷の地にひっそりとたたずんでいる。

 南禅寺から永観堂を抜けて丸太町通の交差点まで、今の季節の汗ばむ陽気のなか鹿ケ谷通を歩いてくると、青々と茂った木々の隙間から日光をまぶしく反射する白亜の建物が見えてくる。これが泉屋博古館の1号館(青銅器館)である。

 

 1970年築、当時日建設計に在籍していた小角亨氏による設計で、幾何学的でやや無機質な印象のモダン建築だが、こうして東山の自然のなかにすっと溶け込んでいるのは不思議ですらある。エントランスから展示室の入り口へ、そして4つの部屋から構成される展示室内部まで、螺旋(らせん)階段を上っていくような構造で統一されているのが特徴で、ニューヨークのグッゲンハイム美術館を参考にしたと聞く。10年ほど前に訪れたグッゲンハイム美術館もたしかに螺旋構造と真っ白な外観が印象的であった。古代の青銅器が並ぶ非日常の展示空間へと、タイムトラベルするようなイメージが託されているという。

グッゲンハイム美術館
1号館ホール

 この青銅器館は1年間の改修工事を経て、昨年春にリニューアルオープンを果たした。新しくなった青銅器館のお気に入りのポイントはいくつもあるのだが、ここでは一つだけご紹介しておこう。

 青銅器館のもっとも高い位置にある第4展示室を見終わると、階段を下りて第1展示室へと戻ってくるのだが、ここでは唯一、展示ケースが並んでいる様子を見下ろすことができる。さながら、夜の空港へゆっくりと下降していく飛行機の窓からの眺めのようで、タイムトラベルを締めくくるにふさわしいではないか。そしてそのまま「眺めのいい部屋」へと移動し、鮮やかな新緑が目に飛び込んでくると、時間の感覚を忘れる非日常の空間から、日常の世界へと戻ってきたという感じがする。

青銅器館展示室
眺めのいい部屋

 自己紹介がてら、建物の話を試みに書いてみたところ、肝心の展示物にはまったく触れられなかった。次回以降のお楽しみとさせていただきたい。

執筆:山本 堯(泉屋博古館 学芸員)


 
 

  開催中の展覧会  

 

ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代
開催期間:2026年4月4日(土)~7月31日(金)
会場:泉屋博古館
料金:一般600円、学生400円 ほか
※6月30日~7月31日ブロンズギャラリーのみ開催時の料金
休館日:月曜日(ただし、7月20日(月・祝)は開館)、7月21日(火)
詳細は泉屋博古館公式ホームページにてご確認下さい。