連載コラム「泉屋偶記」では、泉屋博古館や青銅器館(ブロンズギャラリー)の日常や舞台裏などの知られざるエピソードを、同館学芸員・山本氏がつづります。
第4回 探偵誕生秘話
子どものころから探偵ものが好きだった。
小学生のときには『名探偵コナン』や『金田一少年の事件簿』のようなアニメシリーズに親しんでいたし、大学時代にはコナン・ドイルの『シャーロック・ホームズ』の原書にチャレンジし、難解な文体に挫折するという苦い経験もした。大人になって考古学者という職業を選択するに至ったのにも、少年時代の「探偵好き」が影響したところがあったかもしれない。
学芸員として美術館で働きだしてから、この「探偵好き」が妙なかたちで発揮されることとなってしまった。
泉屋博古館所蔵の青銅器のなかに鴟鴞尊(しきょうそん)という器がある。ミミズクの姿をかたどったかわいらしい造形が特徴で、所蔵品のなかでも屈指の人気を誇る。
実はこの鴟鴞尊、レプリカがかつては泉屋博古館で販売されていた。当初はさっぱりだったのだが、値引きをきっかけに飛ぶように売れはじめ、最初は10体あったレプリカも、気付けば1体をのこすのみとなってしまっていた。予想外の事態に慌てふためきながら、売ってほしいと懇願する声を必死に斥(しりぞ)け、最後の1体は館で大切に保存することとした。筆者が就職して一年目のことである。
青銅器は難解でとっつきにくいというイメージを変えるために、当館の公式X(当時はTwitter)「中の人(=経理担当)」が考案した「#青銅器かわいい」というハッシュタグも添えて、鴟鴞尊レプリカはSNSを中心に活躍することになった。いつごろからそうなったのかは記憶が定かでないが、着せ替え人形のようにしてクリスマスやハロウィーンの衣装を着せることもするようになり、それが功を奏してか、徐々に館のマスコット的存在として注目を集めていった。
そうしたなか、さて、次に着せる衣装は何がいいかと考えているとき、妙案が浮かんでしまった。そうだ、探偵の格好をさせてみたらどうか。きっと似合うに違いない。
最初はネットで猫に着せるための探偵衣装──そんな商品も売られているのだ──を取り寄せようかとも考えたが、サイズが合うかが分からない。なにせ、猫に比べて鴟鴞尊は首が太く、意外と肩幅がある。どうしようかと思い悩んでいたところ、それを見かねた経理担当の御母堂が「そんなん買うぐらいやったら縫うてあげるよ」とのことで、なんと手縫いで探偵の衣装をつくってくださることになった。レプリカを丁寧に採寸したうえで仕立てられた帽子とマントは、鴟鴞尊にぴったりのサイズとなった。
こうして誕生した「しきょうそん探偵」はSNSを主戦場としながら、なかば館の公式マスコットとして活躍していくこととなった。本コラムのトップ画像にもその近影を採用している。
やはりビジュアルイメージというのは偉大で、学芸員が文章や言葉で必死に「青銅器を親しみやすく」とアピールするよりも、はるかに強力な発信が可能となる。SNSの反応などを見てみると、「しきょうそん探偵」をきっかけに青銅器に興味をもったという方もおられるようだ。他館の学芸員やスタッフの方々と話していると、「実はしきょうそん探偵が好きで」とカミングアウトされることもある。隠れファンもきっとまだまだおられるに違いない。
探偵効果はそれだけにとどまらない。当館アソシエートフェローの中野ふくねさんの手によってイラスト化もされ、より親しみやすくなった「しきょうそん探偵」は、子ども向けのワークシートなどにも登場し、青銅器の魅力をより若い来館者層に分かりやすく伝えるという、教育普及の面でも一役買っているのである。
かくて当初考えていたよりもはるかに活躍の幅を広げることとなった「しきょうそん探偵」だが、実は悩みもある。館のHPでの設定では「なかまの青銅器たちと日々難事件を解決」とあるのだが、いまだ一度も事件を解決しているような活躍を見せることができていない。しかし、これに関しては探偵側の問題ではなく、コナン・ドイルのような脚本を書くことのできない学芸員の文才の欠如を恨むほかないのである。
執筆:山本 堯(泉屋博古館 学芸員)
開催中の展覧会
ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代
ギャラリー3特集展示「金文の世界」
開催期間:2026年9月5日(土)~12月20日(日)
会場:泉屋博古館
料金:一般1200円、学生800円 ほか
休館日:月曜日(ただし10月12日、11月23日は開館)、10月13日(火)、11月24日(火)
詳細は泉屋博古館公式ホームページにてご確認下さい。
