連載コラム「泉屋偶記」では、泉屋博古館や青銅器館(ブロンズギャラリー)の日常や舞台裏などの知られざるエピソードを、同館学芸員・山本氏がつづります。

 

 第2回 青銅器の「鑑賞」 

 「青銅器はよく分からない」といわれることがある。一応専門で研究している筆者にも分からないことが多い。当然であると思う。では青銅器のどこを見てどういいと思うのか、と問われると、この質問に答えるのは意外と難しい。

 もちろん、形が綺麗(きれい)であるとか、文様が美しいだとか、動物のフォルムが愛らしいだとか、個別の理由を挙げられないことはない。しかし、そうしたポイントはありながら、筆者としては、青銅器のまとう雰囲気やオーラに一番惹かれる部分があるように思う。

 殷周青銅器はあれほど奇抜で現代の感覚からかけ離れたデザインながら、自己主張のようなものがほとんど感ぜられず、人の感覚をいたずらに刺激するところが不思議とない。ただ、そこに、静かな質量を帯びて存在する。

虎卣(こゆう)

 思うに、これは3000年という歴史のなせる業であろう。はじめはごつごつとした岩が、大河を流れているあいだに徐々に角が取れていき、河口に流れ着くころには手によくなじむようになるのに似て、長い時間を経た作品は独特の「丸み」を帯びている。

 こうした作品に対峙(たいじ)すると、大自然の光景を目の当たりにしたのとおなじような感覚に陥ることがある。遠くの山々や大海原をぼーっと眺めていると、何ともいえない心地よさが感ぜられるものだが、時折、その光景に目を奪われて、そのまましばし我を忘れてしまう瞬間が訪れる。おそらくそれは、見ている光景のなかに途方もない時間の蓄積を感じ取るからで、そのスケールに圧倒される体験なのだと思うが、青銅器にも何かそうした感覚に近いものを引き起こす力があるようだ。

 もっとも、青銅器は鋳造された当時は金属らしい光沢を放っていたであろうから、そうすると印象もずいぶんと違っていたはずで、いま見るような錆(さび)に覆われた状態は、当初は意図されていなかったものということになる。しかし、これこそ青銅器の面白いところで、作者の意図から離れて長大な時間がその表面に触れることで、まったく別の種類の美しさをまとうこととなった。ゆっくりと時間をかけて形成された錆には年輪のような模様が見られるが、これはいわばその指紋なのである。

青銅器の錆

 これまで青銅器の「解説」を書くことはあっても、「鑑賞」という視点から文章を書いたことはなかったので、あえて試みた。「まじめな」解説を求めていた読者には悪しからず願いたいが、博古館に来ていただきさえすれば、いつでも解説は掲示されているので、その点はご安心を。

執筆:山本 堯(泉屋博古館 学芸員)
写真撮影:田口 葉子氏、佐々木 香輔氏


 
 

  開催中の展覧会  

 

ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代
開催期間:2026年4月4日(土)~7月31日(金)
会場:泉屋博古館
料金:一般600円、学生400円 ほか
休館日:月曜日
詳細は泉屋博古館公式ホームページにてご確認下さい。