連載コラム「泉屋偶記」では、泉屋博古館や青銅器館(ブロンズギャラリー)の日常や舞台裏などの知られざるエピソードを、同館学芸員・山本氏がつづります。
第5回 グッズ開発顛末記(上)
本コラム第1回にも述べたように、泉屋博古館は2024年の1年間をかけて改修工事を行い、25年4月にリニューアルオープンを果たした。その間、館内の慌ただしさは開館中と変わらず、むしろ増しているぐらいであったが、学芸員としては、やはりミュージアムグッズの開発も休館期間中の忘れがたきハイライトのひとつである。その舞台裏について、2回分にわたって述べてみたい。
泉屋博古館は青銅器のコレクションがメインではありながら、リニューアル以前は青銅器グッズがそれほど充実してはいなかった。来館者からも「もっとグッズを増やしてほしい」という声が挙がっており、喫緊の課題のひとつであったといえる。
青銅器の魅力を親しみやすく伝えるグッズに関しては、幸いなことにフェリシモ「ミュージアム部」とのコラボが叶い、鴟鴞尊(しきょうそん)や戈卣(かゆう)のかわいらしいポーチ・クッションなどをつくることができた。その制作の様子についてはこちらをご覧いただきたい。
フェリシモ「ミュージアム部™」note:https://note.com/f_museumbu/n/nc9c32d09f8ee ※外部サイトに移動します
それと同時に、より高級路線をめざしたグッズ開発の必要性も館内では意識されており、そこで白羽の矢が立ったのが、日本を代表する老舗の美術印刷会社・便利堂による青銅器ポートフォリオの制作だった。
便利堂といえば、コロタイプ印刷の技術をいまに伝える世界でも数少ない企業としてよく知られるが、実は泉屋博古館の青銅器とも深い関わりがある。住友家が収集した青銅器の最初の図録『泉屋清賞』は1911年から刊行を開始し、青銅器全点の写真がコロタイプ印刷によって掲載され、画期的な図録として世界中のコレクターにも強い影響を与えた。リニューアルを迎えるにあたって、伝統的なコロタイプ印刷によるポートフォリオの制作は、原点回帰という意味でもふさわしい。
写真はすべて佐々木香輔氏による撮り下ろしで、モノクロで印刷することをはじめから想定しての撮影となった。休館期間中は青銅器をすべて奈良国立博物館に預けていたのだが、そこに通い詰めての撮影の日々はいまとなっては懐かしい。
またご厚意で便利堂の工房見学も叶い、実際にグッズが生み出される各工程をみずからの眼で確かめることもできた。
コロタイプ印刷は、ガラス板にゼラチンと感光液を塗り、写真ネガを密着させて露光することで、明暗をゼラチンの凹凸に変換した版をつくる工程が肝となっている。これにより、階調変化が自然に表現され、デジタル印刷とはまったく異なる風合いを出すことが可能となるのだが、もはやこの技術を保持しているのは国内ではわずかに2社、コロタイプによるカラー印刷ができるのは便利堂のみであるという。(ほぼ)ロストテクノロジーという意味で、中国青銅器の鋳造技術との関連性も思わず想起される。
工房では至るところで職人による手作業が進められ、令和のコスパ・タイパ主義とは完全に逆行する光景には圧倒されたが、それだけに目の前で写真が刷り上がったときには、やはり感慨もひとしおであった。この技術がすこしでも長く将来に継承されていくことを願わずにはいられない。
個人的には、青銅器の造形美はモノクロ写真でこそ際立つと感じている。同時に、そのかたちが背景につくりだす影にもぜひ注目いただきたい。コロタイプによって繊細に表現された陰翳(いんえい)が、写真のなかに奥行きとドラマを生み出しているのである。
執筆:山本 堯(泉屋博古館 学芸員)
写真撮影:筆者、佐々木香輔氏
開催中の展覧会
ブロンズギャラリー 中国青銅器の時代
ギャラリー3特集展示「金文の世界」
開催期間:2026年9月5日(土)~12月20日(日)
会場:泉屋博古館
料金:一般1200円、学生800円 ほか
※10月20日~30日はブロンズギャラリーのみ開催。一般600円、学生400円
休館日:月曜日(ただし11月23日は開館)、11月24日(火)
詳細は泉屋博古館公式ホームページにてご確認下さい。
