京都市京セラ美術館で開催の「テート美術館|YBA&BEYOND-世界を変えた90s英国アート」の見どころと展示構成を紹介します。
■見どころ
1,英国美術の世界的中心地テート発の“UK90s”展
テート美術館が自ら編んだ、YBAと90年代英国アートの決定版。
2,伝説のスターアーティストの競演
ダミアン・ハースト、ジュリアン・オピー、ルベイナ・ヒミド、トレイシー・エミン、ヴォルフガング・ティルマンスなど、世界のアート史に名を刻むアーティストの作品が集結。
3,音楽×サブカル×ファッションの熱狂と呼応するアート
UKカルチャーが溢れた黄金期の息吹。
90年代の英国で起こったアート、音楽、ファッションの革命的ムーブメントの核心を
体験できる、唯一無二の展覧会です。
■展示構成
本展は、90年代の英国美術の独自性を6つのテーマを通じて検証し、各章をつなぐ重要な作品を「スポットライト」として紹介します。
序章|フランシス・ベーコンからブリットポップへ PREFACE: FROM BACON TO BRITPOP
20世紀美術史において最も著名な画家の一人、フランシス・ベーコン(1909-92年)は生涯を通じて肉体の表現を徹底して追究し、暴力、苦痛、むき出しの感情で満たされたイメージを創造しました。東西冷戦の終焉(しゅうえん)という混迷の時代に、人間の姿をより明確に、よりさらに激しく表現しようとした晩年の作品は、1990年代英国の新世代アーティストたちに深くインスピレーションを与えています。不都合な真実に向き合い、人間存在の暗部を掘り下げようとするベーコンの姿勢に影響を受け、かつてないほど強く率直な感情表現を伴って作品制作へのさまざまなアプローチを開拓しようとした当時のアーティストたちの意思こそ、本展の核心を貫くものです。
第1章|ブロークン・イングリッシュ:ニュー・ジェネレーションの登場 BROKEN ENGLISH: A NEW GENERATION
サッチャー首相が推し進めた自由市場経済と個人主義に基づく社会再建の中で格差が拡大し、多くの人々が職を失いました。そうした時代に新世代のアーティストたちは、アイデンティティや社会における自身の存在の位置づけ、地域の共同体のあり方が揺らぎ続けることを創作のテーマに据え始めます。1988年にロンドン東部の廃倉庫で開かれたグループ展「フリーズ」はYBAのムーブメントの起点となり、伝統的なギャラリー空間からの決別を象徴的に示すひとつの宣言でもありました。また1989年のヘイワード・ギャラリーでの「ジ・アザー・ストーリー」展は周縁化されていた英国のアーティストに注目し、多文化社会において「英国らしさ」という伝統的な概念に揺さぶりをかけたのです。
第2章|おおぐま座:都市のイメージをつなぐ THE GREAT BEAR: PICTURING THE CITY
英国の伝統的な製造業は1990年代初頭までに衰退し、経済不況によって未完成のビルや空き店舗、廃墟と化した建設現場が都市の至る所で目立つようになっていきました。芸術への公的支援が極めて少なかった当時、こうした都市の打ち捨てられた周縁部は安価なスタジオや展示の機会を探す若いアーティストたちにとって予期せぬ創造の場となっています。打ち捨てられた物や空間に目を向けながら都市の新しいイメージが生まれる社会的・地理的な経験を探究したアーティストたちは、地域社会のアイデンティティを侵食する社会的・経済的な変化に批判的なまなざしを向け、都市に広がるメランコリーや人々の疎外感を表現しました。
第3章|あの瞬間(とき)を共有する:音楽、サブカルチャー、ファッション EVERYBODY IN THE PLACE: MUSIC, SUBCULTURE AND STYLE
1990年代の英国では、美術、広告、ファッション、音楽の各業界が新しく多様な形で互いに関係を作り上げるようになっていました。ブリットポップやレイヴ・カルチャーの隆盛、『i-D』『ザ・フェイス』などの誌面を彩ったストリート・ファッションやウエストウッド、マックイーン、ガリアーノらによるオートクチュールが、ユース・カルチャーや大衆文化、セレブリティの概念を更新していきます。アーティストたちは芸術の伝統的な枠組みを打ち破るために音楽の開放的な力に積極的に関わり、作品を通して、急速に変化する政治や社会の中でかけがえのない瞬間や人間同士のつながりを大切にする価値観を共有しました。
スポットライト なぜ私はダンサーにならなかったのか。 WHY I NEVER BECAME A DANCER
トレイシー・エミンによる自伝的ヴィデオ作品。映像の前半では育った海辺のリゾート地マーゲイトの風景が映し出され、ティーンエイジャーだった頃の苦しみを語っています。後半ではシルヴェスターのヒット曲「ユー・メイク・ミー・フィール(マイティ・リアル)」(1978年)に合わせて楽しそうに踊り出し、それは過去の苦い経験への勝利を示すものです。これまで語る手段がなかった女性たちの存在に光を当てようとするフェミニズムの課題と共鳴し、時に社会の中で自らの尊厳が脅かされがちな思春期の女性たちにとって多くの共感を呼ぶ作品となっています。
第4章|現代医学 MODERN MEDICINE
1990年に開催されたグループ展「現代医学」展は、アーティストが芸術・人間らしさ・身体と心の複雑な関係と向き合った画期的な出来事として英国美術史においてよく言及される展覧会です。医学や科学とその倫理的ジレンマに関心を抱いたアーティストたちは、解剖学・病・メンタルヘルスから苦痛や錯乱状態にある身体に至るまでの主題に取り組み、その作品は私たちの感覚・思考・想像を揺るがす力を発揮しました。HIV/エイズ危機が恐怖とスティグマをもたらす中、当時の英国の性に関する政治性を定義するにあたって中心的な役割を果たしたアーティストたちの作品がここに集います。
スポットライト|コールド・ダーク・マター:爆発の分解イメージ COLD DARK MATTER:AN EXPLODED VIEW
日常的に目にするものを大量に集め、時に変形させ、天井から吊るす彫刻作品で知られるコーネリア・パーカーの初期の代表作の原題「Cold Dark Matter: An Exploded View」は「爆発の光景」と「分解図」の二つの意味を兼ねています。英国陸軍に依頼して実際に爆破した庭の物置小屋の残骸を天井から吊るし、中央に電球を設置した本作は、小屋の断片が空間に浮遊しているように見え、爆発の瞬間を切り取ったかのようなイメージを作り出しています。作品はまさにその爆発の過程を経て生まれる新たな世界のイメージでもあり、重力から解放された「彫刻」で破壊と創造を同時に達成しています。
第5章|家という個人的空間 AT HOME: PERSONAL SPACES
90年代の英国アーティストたちは、家族・家庭のあり方・家にまつわる慣習的な表象に挑戦しました。消費主義社会や中流階級の願望に応答するように、家庭生活の荒々しく混沌とした現実を展示空間に再現し、日用品を作品素材として提示することで個人的空間が価値観を形作る過程を人々に問い直しています。皮肉とユーモアを交えジェンダー・ロールやメディアのステレオタイプを批判したアーティストがいる一方、急速に変わる社会の中で都市再開発により消失する生活空間の証しとして、つつましいオブジェが新しい彫刻として生まれ変わることに関心を向けたアーティストもいました。
第6章|なんでもないものから何かが生まれる:身近にあるもの
1990年代の多くのアーティストは、安価で手に入りやすく、それ以前は芸術作品の制作に適さないと考えられていた日用品を素材として採用するようになりました。現実の経験から離れすぎた1980年代のコンセプチュアル・アートへの反動でもあったこの実践は、通常見過ごされたり日常生活の中に溶け込んでしまったりするものに対する人々の意識を刷新する力を持っています。最もささやかな介入によって最も大きなインパクトを与えることができるというアーティストの考察を体現した、「出来事や社会的な空間としての芸術」がここに集まっています。
スポットライト|王宮への入り口 THRESHOLD TO THE KINGDOM
ロンドン・シティ空港の到着ゲートから人々が出てくる様子をスローモーションで捉えたマーク・ウォリンジャーの映像作品(2000年)。イタリア・ルネサンス期の作曲家グレゴリオ・アレグリが旧約聖書詩篇第51篇をもとに作曲した合唱曲「ミゼレーレ」が添えられ、神に慈悲を求めるその歌詞は空港の厳しいセキュリティチェックにおいて入国しようとする人たちの希望や不安に共鳴しています。制作から四半世紀が経ち、国際政治の舞台で大きな分断が進む状況下で、アイデンティティと帰属への考察を改めて促す重要な意義を持つ作品です。